仙台は待遇の良いダンプ業界へ転職者が増大

2011年の東日本大震災の影響で、仙台を中心とした運送業界では大きな変化をしました。

一般的にも、運送業界は体力的にきつい割には給与は恵まれていません。

遡ること20年程前には規制緩和の煽りを受けて新規参入の業者が乱立しました。

これは本来政府が自由競争の下で、健全な運輸サービスの拡充を狙った政策でした。

ところが事態は望む方向へは進まず、価格破壊的な結果をもたらしました。

これにより、運送業界は利益の出し難い産業になって行きました。

そこへ2011年のあの大災害が発生しました。

これにより、今まで運送業界とほぼ同じように低迷を続けていた建設業界は大きく進路を変えました。

所謂災害特需により一気に需要が増大したのです。

震災の津波で破壊されたガレキの山は、宮城県内全てを合わせると23年分の焼却ゴミと同じ量のゴミが発生したと言われました。

この影響で最も需要が高まったのがダンプ業界です。

人手不足から給与を上げ待遇改善を図り人材確保を行いました。

そして多くの運送業界から転職者が出ました。

給与の安い、利益の出ない運送業界に見切りを付け、ダンプ業界へ移った人が多くいましたが、そういう方々のお陰で大幅に早くガレキ運搬ができたのです。